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大阪地方裁判所 昭和36年(レ)82号 判決 1964年5月29日

控訴人 今中友治 外二名

被控訴人 大阪市

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人等の負担とする。

3  原判決は仮に執行することができる。

4  原判決主文第一項のうち「東側道肩」を「東側道路肩」に訂正し、同項のうち「北方二、九六」の下に「メートル」を加え、同項のうち「(イ)、(ロ)、(リ)、(イ)の各号」を「(イ)、(ロ)、(ハ)、(ニ)、(ロ)、(リ)、(イ)の各点」に、同第二項のうち「(イ)、(ロ)、(リ)、(イ)」を「(イ)、(ロ)、(ハ)、(ニ)、(ロ)、(リ)、(イ)」にそれぞれ訂正する。

事実

控訴代理人らは、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人らは主文第一、二項と同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張並びに証拠の提出、援用及び認否は、次の一、二のほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一、主張

被控訴人

(一)  控訴人らの自白撤回の申述には異議がある。被控訴人は昭和二七年七月九日大阪市城東区鴫野東四丁目一五二番地用悪水路(下水道敷)五畝一四歩を譲り受け、昭和二八年四月一三日所有権取得登記を経由したものである。控訴人ら主張の占有権原はこれを否認する。

(二)  前記下水道敷下に布設されている下水管(下水道)には、その北側の人家約四十戸より流出する下水が側溝及び下水管を通つて流れ込んでいる。そしてその下水の一部は東方へ流れ、その東端において、市道東成第六二八号路線の区域内に布設された下水道に合流している。他方、右下水道敷下の下水管に流れ込む下水の大部分は、西方へ流れてその西端より南行する下水管を経て南側下水道に合流する。本件土地(別紙図面表示(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)(ヘ)(ト)(チ)(リ)(イ)各点を結ぶ直線で囲まれた部分。以下同じ。)下には下水管が屈折して布設され、屈折地点に会所が設けられている。会所には、下水中の汚物や泥土が沈澱する仕組となつており、会所を開いて沈澱している汚物等を除去したり、会所から他の会所へ通ずる下水道管に竹を通して清掃したりする必要がある。本件土地の明渡が受けられないときは、汚物等の除去や下水管清掃ができなくなる。他方、本件土地が面している東成第六二八号路線の幅員は三、五メートルにすぎず、これを拡幅する必要があるのであつて、本件土地は右道路の拡幅用地に充てられる予定である。

控訴人らは、昭和三一年一一月一一日一たん従前の建物を撤去し、被控訴人に対し建物を建築しない旨約したにもかかわらず、同年一二月一五日夜間に乗じて本件建物を建築してしまつた。

控訴人ら

(一)  前記下水道敷のうち本件土地及び他の土地上に、控訴人岩郷及び堀田共有の木造トタン葺平家建店舗一棟建坪六坪八合七勺及び付属建物建坪一坪一合二勺(以下本件建物という。)が建設されていることはこれを認める。

(二)  原審において控訴代理人らは、本件土地が被控訴人の所有に属する事実を認めたが、右自白は真実に反し錯誤に出たものであるからこれを撤回する。すなわち本件土地を含む用悪水路は、古くから所有権の帰属が明確でないまま、付近の住民の汚水排水用水路として利用されていた。かつて、大阪府東成郡城東村村長および有志村会議員らが発起人となり、権利能力なき社団である城東衛生組合を設立して用悪水路を同組合の所有とし、同組合がその管理に当つてきた。ところが、昭和一六年末右組合は解散し、鴫野町に五カ町会が設立され、この五カ町会が右組合の事業を引き継ぎ、本件土地を含む前記用悪水路五畝一四歩は大阪市城東区南鴫野三町会がその所有者となり、さらに昭和二四年頃に日本赤十字鴫野東五町会に引き継がれて現在に至つている。同町会は権利能力のない社団もしくは財産区(地方自治法二九四条)に当る。従つて被控訴人は本件土地の所有者ではない。前記下水道敷は昭和二八年四月一三日大阪市東区鴫野町名義に所有権保存登記がなされ、同日被控訴人のため贈与による所有権移転登記がなされている。

(三)  仮りに本件土地が、被控訴人の所有に属するとしても、控訴人岩郷、堀田は、その使用につき不確定期限付の使用貸借契約に基づく使用権を有している。すなわち、本件土地は昭和一六年末まで城東衛生組合の所有に属していたが、その後南鴫野三町会が所有権を承継し、昭和一九年本件土地は戦災に遭い、所有者が次第に不分明になり、昭和二一年当時は大阪府知事がこれを管理していた。訴外安本蒼治郎は同年一一月一八日本件土地を含む付近一帯の戦災地跡復旧建築工事の許可申請を大阪府知事にし、その許可を得た。同知事がこれを管理していなかつたとしても、所有者たる前記町会の監督機関たる同知事より訴外安本の方で、右許可を得た。右許可は本件土地を含む前記下水道敷の使用貸借契約の締結をも意味しており、その期限は特別都市計画もしくは土地区画整理事業が施行される時期であり、期限は未だ到来していない。

(四)  仮にそうでないとしても、本件土地は訴外安本蒼治郎が昭和二一年一一月一八日同地上の建築工事に着手し同月末日完成して以来使用貸借契約上の使用権があるものとして平穏、公然、善意、無過失に占有を続け、控訴人も亦右占有を承継して平穏、公然、善意、無過失に占有を続けたのであるから、昭和三一年一一月末日に使用権を時効取得したものである。

以上の次第であるから、被控訴人の請求には応じられない。

二、証拠<省略>

理由

前記下水道敷、従つて本件土地が被控訴人の所有であり、控訴人岩郷及び堀田が本件土地及び他の土地上に跨つて本件建物を共有し、控訴人今中が本件建物を使用占有して乾物商を営んでいることは当事者間に争がない。

右下水道敷、従つて本件土地が被控訴人の所有に属する旨の控訴人らの自白は、錯誤によるものであるからこれを撤回すると控訴人らは申述したので考えてみる。控訴人らが右自白をしたのは、昭和三三年二月三日の原審第一回口頭弁論期日であつて、その自白撤回の申述がなされたのは、昭和三九年一月三一日の当審第一二回口頭弁論期日であり、その間六年余の日時が経過し、かつ計二二回の口頭弁論期日が重ねられている。控訴人ら代理人は、本件訴訟では示談解決を図つており、又本件建物の前主安本蒼治郎が病気していたので事実調査が遅れ、自白撤回の申述が遅れたのであつて、過失はないと主張する。しかし本件記録によると、控訴人らは本件訴訟で示談解決を主眼としていたものとは認め難く、安本蒼治郎は昭和三三年三月一七日の原審証拠調期日に原裁判所に出頭して証言しており、控訴人らの事実調査が遅れ、自白撤回の申述が遅れたのは、その過失によるものというべきである。他方、右自白が事実に反するか否かについて証人らの証拠調を必要とすることは、控訴人ら主張事実(二)に照らして明らかである。すると本件訴訟の完結が遅延するものというべきである。そこで、控訴人らの一種の防禦方法というべき、右自白撤回の申述は、民訴法一三九条の規定に従いこれを却下する(本訴請求たる本件土地明渡請求権の前提要件たる本件土地所有権帰属についての控訴人らの自白は、単純な権利概念の自白であつて、権利ないし法津関係の法的評価に関するものではないから、自白としての拘束力を有する。)

控訴人らは、本件建物の前主安本蒼治郎が大阪府知事との間に本件土地使用貸借契約を締結したと主張するけれども、これを認めるに足りる証拠は何もない。乙号各証をもつては右主張を認めることができない。安本が同知事より本件土地上の建物について建築許可を受けたにしても、該許可を受けたからといつて、安本が同知事との間に本件土地使用貸借契約を締結したものと認めなければならないものではない。たとえ安本が右契約上の使用権を取得し、控訴人岩郷及び堀田が(昭和二三年中)右使用権を安本より譲り受けたとしても、大阪府とは別の公法人である被控訴人に対抗することはできない(成立に争のない甲第一号証によると、被控訴人は昭和二七年七月九日前記下水道敷((公簿上用悪水路))を取得し昭和二八年四月一三日その旨の所有権取得登記を経由したことが認められる。)。控訴人らの右主張は採用できない。

控訴人らの本件土地使用権取得時効の主張について考えてみる。安本が本件土地の使用を始めた際、同人が使用権を取得していないことを知らなかつたこと、つまり善意について過失がなかつた事実を認めるに足りる証拠はない。かえつて成立に争のない甲第二号証及び当審における控訴人本人尋問の結果によると、控訴人今中は昭和三一年一一月中被控訴人に対し本件土地を明け渡すべき旨約定した事実が認められ、この事実によると、安本は本件土地占有の始め使用権を取得していないことを知つていたものと推認することができる。控訴人らの右主張は採用することができない。

すると、控訴人岩郷及び堀田、従つて控訴人今中も、本件土地を占有すべき権原を有しないものといわねばならない。

控訴人らの権利濫用の抗弁について考えてみる。まず、控訴人らは、この判決の引用する原判決事実(原判決三枚目表八行目以下)記載(1) のように主張し、原審証人奥野勇の証言、原審における控訴人今中友治本人尋問の結果及び原審検証の結果によると、本件土地とその南方の被控訴人所有認定道路との間には幅の狭い私有地が狭まれていることが認められ、従つて本件土地が被控訴人に明け渡された場合、右私有地の効用は減殺されるということができる。しかし後記説示のように、本件土地を含む前記下水道敷上に建物があるときは、地下の下水道管理に支障を生ずるのであるから、右私有地の効用減殺はやむを得ないものというべく、他方私有地所有者の方でこれを被控訴人に売渡したり賃貸したりすることもあり得ないことではない。控訴人らは、原判決事実(同三枚目終りから二行目以下)記載(2) のように主張し、前記奥野勇及び当審証人重実太郎の証言によると、前記下水道敷に跨つて三十数軒の商店(店舖建物)が建てられていることが認められ、被控訴人が本件敷地のみの明渡を受けても右下水道敷下の下水道管理が十分に行われ得ないものということができる。しかし、第三者の作成したものであつて弁論の全趣旨によつてその成立の認められる乙第六号証、前記奥野勇及び西村豊の証言によると、被控訴人は昭和二九年頃から控訴人らだけではなく右下水道敷上の店舖所有者らに対し右下水道敷の明渡を要求しており、今後も明渡を求めるものであることが認められる。控訴人らは、原判決事実(同三枚目裏二行、三行目以下)記載(3) 、(4) のように主張するけれども、前記西村豊の証言によると、前記下水道敷とその南方の市有認定道路敷との間にある私有地は、被控訴人の方でこれを買受け又は賃借して右道路敷を拡張し、さらに前記下水道敷に道路を拡張することを企図していることが認められる。最後に、控訴人らは、控訴人今中は本件土地明渡によつて営業上著るしい損害を受けると主張し、この主張事実は察知できるけれども、成立に争のない甲第二号証、原審及び当審における控訴人今中友治本人尋問の結果によると、控訴人今中は本件建物(店舖)の北側に接続した建物を所有しており、本件建物が収去されても、自己の営業を続けることができるものである。他方、同控訴人は昭和三一年一一月一一日被控訴人に対し本件土地上の建物を収去すべき旨約したがその後飜意したことが認められる。さらに、第三者の作成したものであつて弁論の全趣旨によつてその成立の認められる(下水道現況図であることは争がない。)甲第三ないし第五号証、前記西村豊の証言及び弁論の全趣旨を総合すると次の事実が認められる。

前記下水道敷下の下水道にはその北方の多数人家の下水が、途中の側溝及び下水管を経て流れ込み、この下水の一部は東方へ、他は西方へ流れるのであり、殊に右下水道敷の西部にあたる本件土地下には内経四五センチメートルの下水管が配置され、本件土地下のほぼ中央やや西寄りの個所には会所が設けられている。下水管や会所には汚物泥土が沈澱し、下水管理者たる被控訴人は、時として沈澱物の除去、下水管の清掃をする必要があり、又下水道施設修理のため右下水道敷を堀り下げる必要の生ずることがある。

以上の事実を認めることができる。前示奥野勇、重実太郎の証言及び原審における控訴人今中友治本人尋問の結果中右認定に反する部分は信用できない。他に右認定を左右するに足りる資料はない。すると、前記下水道敷上の建物は下水道管理上支障を生ずるものというべきである。右認定事実によると、被控訴人が本件土地明渡・本件建物収去退去を求めるのは、下水道敷としての機能・効用を発揮させる必要に基づくものであつて、そのため本件土地を無権原で占拠する控訴人らの利益が否定されるにしても、本件土地所有権の目的をこえた権利の行使、つまり権利の濫用にはあたらないものといわねばならない。控訴人らの右主張は採ることができない。

してみると、被控訴人の本訴請求は正当であつて認容すべきであり、これと同趣旨の原判決は相当であり本件控訴は理由がないというほかはない。なお原判決主文第一、二項のうちには、この判決主文第四項記載のように明白な誤謬があるからこれを更正する。

そこで、民訴法八九条、九三条、一九六条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 山内敏彦 井上清 小田健司)

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